日本の伝統を守る会  平成26年11月23日《夜の部》

歌舞伎鑑賞講座

                          講師:松竹演劇開発企画部 窪寺祐司氏

◎はじめに

初めて歌舞伎を観る方の中には、歌舞伎は難しいもの、勉強してからでないとわからないものと、観る前から決めつけ
ている方もいらっしゃるようですが、そんなことはありません。
歌舞伎は400年を超す歴史を持っていますが、その間
も、そして今日でもお客様から入場料を頂いているエンターテインメントであり続けてきました。
ですから、お客様が喜
ぶものなら何でも取り入れてきました。
 今でも古典の継承とともに時代に合った新しい歌舞伎を創り続けています。その積み重ねが歌舞伎の歴史です。元々、
お客様にアピールするように、楽しんで頂けるようにできています。

まずは歌舞伎に触れてみて下さい。歌舞伎には一言では言い尽くせない魅力が数々あります。俳優の姿や形、セリフ、
音楽、衣裳その他、沢山ありますので、どこがどう面白いと思うのか、興味を持つかは観た方のご自由です。その面白い
と思ったところから歌舞伎の世界を覗いてみて下さい。間口が広く奥が深い歌舞伎の世界が広がることと信じております


 沢山の魅力が詰まっている歌舞伎ですから、色々な切り口があります。ですから今回は11月23日に御覧になる演目
に関して、ポイントを絞って触れて説明することに致します。その後で、歌舞伎の特徴についてお話を付け加えようと思
います。ポイントは3点、まず「
『吉例顔見世大歌舞伎』を楽しもう」、次ぎに「歌舞伎の音を楽しもう」、そして最後
「歌舞伎の特徴」というお話しを致します。

 

【Ⅰ】 『吉例顔見世大歌舞伎』を楽しもう

(1)顔見世と松本白鸚追善について

 お手元のチラシにありますように今月は「吉例顔見世大歌舞伎(きちれい・かおみせ・おおかぶき)」という公演です。
タイトルの「顔見世」という言葉についてはいろいろな意味があるのですが、本日のところは詳細は省略致します。
ただ単に、“顔見世”は特別な興行なのだと思って下さい。

その横に「初世松本白鸚三十三回忌追善」と添え書がありますが、まずこのことについて説明致します。
 今月の公演は、昭和57年に亡くなった、戦後を代表する歌舞伎俳優初世松本白鸚さんを偲ぶ興行です。“白鸚”では
分からない人も、八世松本幸四郎と云えばお分かりになるのではないでしょうか。
昭和56年秋に、それまで名乗っていた
名跡「松本幸四郎」
を現在の九代目幸四郎さんに譲り、その息子さんが染五郎さんですが、ご自身は「白鸚」と名前を改め、翌昭和57年に
亡くなりました。今月は、この白鸚さんがお得意だった役、ゆかりの深い演目を上演し、白鸚さんを偲ぶ公演です。

 追善興行は息子さんやお孫さんなど、後継の俳優にとって、祖父や父からの“芸の伝承”と云う意味も大きく、また存命
中お世話になった俳優さん方が出演しますから、普段よりもより豪華な顔ぶれになります。
白鸚さんの芸を御覧になって
いない方もいらっしゃることでしょうが、今月の歌舞伎座は、顔見世という特別な公演に加え、追善の公演でもあるので、
より豪華な興行だと云う点を覚えておいて頂ければと思います。

 加えてチラシからもう少しご案内しますと、歌舞伎座の興行には昼の部と夜の部があり、それぞれ別の演目を上演して
います。夜の部の演目も一、二、三と数字が書いてあり、下に、大小様々な文字が書かれておりますが、馴染みのない方
は、番号の真下の大きな文字に注目して下さい。これが上演される演目の名前です。


 歌舞伎の演目名にも、たとえば人の呼び名でも本名や仇名、通称、芸名、ペンネームなどがあるように、演目のタイト
ルにも色々とあります。大小の文字は、演目の通称、演じられる場面、また、作者、演出家などのスタッフなどが、約束
に従って記されています。

 演目欄の下が配役欄です。二段表示になっており、上段が演じる役の名称、下段が演じる俳優の名前です。なお、歌舞
伎の配役表は俳優の名前に苗字を付けず、下の名前だけ表記するのが慣わしになっております。


(2)各演目のみどころ

 夜の部の各演目の内容を紹介しましょう。まず『御存鈴ヶ森』、次が『勧進帳』、そして『義経千本桜』の中から
「すし屋」と通称される場面が上演されます。 因みに申し添えておきますと、この三本は全く別の演目です。例えば
西洋のの演劇などでは、休憩があってもその次の場面は前の幕の続きが演じられますが、歌舞伎の場合はそうでない
ことがあります。今月も一、二、三の演目の間に休憩、幕間
(まくあい)と呼んでいますが、その幕間の前後では全く
違う演目となっております。映画の3本立のようなものだと思って頂くと分かりやすいと思います。

 このように全く別の演目を何本か上演することを「みどり(見取)」「みどり狂言」と云います。これに対して
最初から最後まで、筋やストーリーを通しで演じる方式を「通し」とか「通し狂言」と呼んでいます。したがって、
11月の歌舞伎座では昼夜で6本の演目が上演されていることになります。なお、歌舞伎の世界では演目のことを
「狂言」
と云います。能狂言の「狂言」と表記も発音も一緒ですが、歌舞伎では「狂言」と云うと、大概演目といった
意味になります。

「みどり狂言」の良いところは、一時に色々な演目が見られ、歌舞伎の様々な味わいを楽しめるところです。但しハイ
ライトのみの上演となりますので、他の場面は切られてしまい、それまでの伏線や人物の説明がないまま、話の途中から
突然始まると云うこともあります。そこで、引っ掛かってしまって、ストーリーが分からなくなり、やはり歌舞伎は難し
いと云う印象になってしまうこともあります。

 そこで本日は、そうしたところを補いつつお話を致します。またチラシの裏にも簡単なあらすじやみどころが載って
おります。場内で販売しておりますプログラム、筋書(すじがき)と呼んでいますが、そこにも詳細な配役やあらすじが
記載されておりましし、イヤホンガイド、字幕ガイドなどもあります。

 ところで、今月の公演には非常に特徴的な狂言が並びました。一口で云いますと男っぽく重厚な演目が多いです。
と云いますのも、白鸚さんがこうした重厚な演目や役を得意としていたからです。特に皆様がご覧になる夜の部は
最初の『鈴ヶ森』と次の『勧進帳』、共に女性の役が一人も出てこないお芝居です。

 では夜の部の演目を順にご紹介していきましょう。

 

1.『御存 鈴ヶ森』―立廻り・名セリフとセリフ回し・清新な配役

 まず、『御存鈴ヶ森』です。40分位で長い演目ではありません。四世鶴屋南北作『浮世柄比翼稲妻』と云う長い
お芝居の一場面で、この鈴ケ森の部分だけを上演するときは『御存鈴ヶ森』の題名を用います。
「御存」とついている
のは、名セリフ
“お若えのお待ちなせえやし”、今月の舞台では“待たっせいやし”と言っていますが、ちょっと前
までは、こうした名セリフでよく知られていたお芝居だったからです。

この芝居は、一言で言ってしまうと、美少年と貫禄ある親分が出合う、という場面です。それだけといってしまえば
それだけなのですが、その場面を、色々工夫を凝らしてお見せするのが歌舞伎の面白いところと云えるでしょう。

 注目して頂きたいポイントが3つあります。「立ち廻り」、次に「名セリフとセリフ回し」、そして「清新な配役」
です。主な登場人物は二人で、一人は白井権八と云う前髪姿の若衆、まだ少年です。権八は因幡の国、今の鳥取で伯父を
殺して江戸へ逃げて来た、いわばお尋ね者の身の上です。もう一人が江戸で名高い大親分番随院長兵衛です。この二人が
出合う場所が、今でも品川区内に残る鈴ヶ森です。東海道のハズレにある鈴ケ森は、その昔処刑場だったのです。夜は暗
くて寂しく、当然のようにガラの悪い連中がたむろしていて、そこへ駕籠でやって来たのが権八です。観音前と云います
から、浅草まで行くはずだったのですが、浅草に着きましたよと、駕籠掻きに此処で降ろされてしまいます。田舎者で
若かったので、足元を見られたのでしょう。

やがて、たむろしている連中がお尋ね者の白井権八と知り、捕まえて金にしようと襲いますが、次々と権八に斬られて
しまいます。この立ち回り場面が、最初のみどころとなります。
手足が切られ、顔が殺がれるのですが、観ているとそん
な凄惨な場面でなく、むしろ面白可笑しい。歌舞伎は凄惨な場面でも、面白いとか、美しいとかもう一味加えて、お客
様が楽しめるようになっています。昔はお芝居を観ながらご飯を食べ、お酒も飲んでいましたから、そうしたお客様にも
楽しんで頂けるように、どんな場面も、面白く、また美しく見せる工夫が凝らされている点をご覧頂きたいと思います。

 そして立ち回りが終わった後には、長兵衛との出会いとなり、先程申し上げた有名なセリフが次々と出てきます。貫禄
のある長兵衛はどっしりした低音で、若い権八は高音で物柔らかな口調、とセリフ回しの違いを楽しんで頂きたいし、
また配役にも注目して下さい。長兵衛役の尾上松緑は初役で勤めます、権八の尾上菊之助も二回目。これから伸び盛りの
花形の組合せです。新鮮な一幕になることと思います。

 

2.『勧進帳』―歌舞伎の名作・追善ならではの配役・初役の弁慶 、高麗屋と弁慶/三代共演と芸の伝承

『勧進帳』は観たことはなくとも、名前は知っていると云う方も多いでしょう。歌舞伎を代表する作品で、今でも
『勧進帳』は人気作品の一つです。また、全ての場面が“みどころ”、“ききどころ”と云っても良いくらい、
音楽・演出ともに練り上げられた演目です。

 幕が開きますと、正面に赤い壇があります。ひな壇と呼んでいますが、ひな壇の下にはお囃子の人達、上の段には長唄
の唄と三味線の方々が座っています。長唄囃子連中と云いまして、チラシにも小さな字で書いてあります。歌舞伎には欠
かせない音楽連中で、このように舞台上で演奏することを「出囃子」と云います。


 舞台背景には大きな松の絵が描かれ、「松羽目(まつばめ)」と呼ばれます。能舞台の鏡板の意匠が取り入れられた
もので、能狂言の題材を歌舞伎化したときには、この松羽目が使われます。これら能狂言に取材した演目を「松羽目物」
といっています。『勧進帳』は松羽目物の最初の作品で、能『安宅』から歌舞伎へアレンジされました。

幕が開きますと、富樫左衛門が登場し、頼朝と義経の確執で、義経が山伏姿になって奥州を目指していること、また、
頼朝は、各地に関所を設け、山伏を厳しく取り締まり、富樫は安宅の関を守っていることを語ります。この
富樫を演ずる
のが松本幸四郎です。 この富樫の役は情理を弁えた人物として描かれています。 やがて長唄の演奏が始まり
ます。能は、謡と鼓や笛などのお囃子で進行しますが、歌舞伎は三味線が加わります。これが歌舞伎『勧進帳』の一番
大きな特徴でもあります。
 そして義経はじめ、弁慶一行が登場して来ます。行く先々で関所があっては、奥州まで行き着けそうにないという
義経、いっそ武力で関所を破ろうという四天王たち制し、弁慶は、この関所一ヵ所を破ったところで先々も通れる訳
ではない、義経を身分の低い強力
(ごうりき)にして関所を通過しようと宥め、言い聞かせます。

関所に入って、東大寺のために寄付を募って諸国を巡る一行だと言いますが、勿論富樫は受け付けず、勧進の山伏なら
その趣旨を書いた「勧進帳」があるはずだと問います。「勧進」と云うのはお寺や神社
が寄付を募ることを言い、当然今
でいうところの寄付の趣意書がある訳で、その趣意書が勧進帳です。弁慶は勧進帳など持っている筈がありません。ところ
が弁慶は悠々と別の巻物を開き、即席で勧進帳を読み上げます。ここが最初のお芝居の山場です。

 この弁慶を演ずるのが市川染五郎さんです。弁慶の役は豪快さに加え、また、知・仁・勇の三点を兼ね備えた勇壮な
役柄で、さらに後半部分では踊りもありますから、踊りもできなければならないという大変な役です。立役(男性役を
演じる歌舞伎俳優)なら誰もが憧れる役です。

さて、勧進帳の読み上げを聞いた富樫が、山伏の謂われなどを矢継ぎ早に問い掛ける「山伏問答」がこれに続きます。
この部分は能にはなく、講談から取り入れられましたが、弁慶と富樫の白熱の応酬がみどころです。しかしこの山伏問答
の中身は、仏教の専門的
な事柄が述べられていまして、聞いただけでは正直意味はよく分からないと思います。これは今で言うなら、数学者や
物理学者同士が専門的なことを討論しているというようなもので、内容はわからないけれど、議論が白熱しているという
ことはわかる、という場面なのです。ここは問答の中身よりも、“白熱のやりとり”の場面だと思って観て頂ければ結構
です。富樫が問い弁慶が次々と答える、その問答のテンポがみどころと云う訳です。

答えの鮮やかさにすっかり感心した富樫は、一行に関所の通過を許しますが、強力姿の義経に気づき、一行の足を止め
ます。弁慶はとっさの機転で、何かと疑われるのはお前が悪いからだと、義経を金剛杖で散々に打ちのめします。あくまで
強力として扱い、この場を逃れようとする策でした。しかし富樫と家来は気をゆるさず、弁慶一行と一触即発となりますが、
ここで弁慶は最後の賭けに出ます。そんなに疑うならこの強力を残してゆくか、それともこの場で打ち殺すか、と言った
ところ・・・。  
 さてこの後は、当日のお楽しみとして取って置くことにしましょう


 日本人には“判官びいき”なる言葉があり、弱い者に肩入れをする気持ちを言います。判官というのは義経の事です。
力を合わせ平家と戦った兄頼朝から追われる身になる。この悲運のヒーローを日本人は大好きで、二枚目の貴公子として
さまざまな物語に登場します。この『勧進帳』でも、貴公子の品格、そして山伏姿に変装してまで落ち延びなければなら
ない哀れさ、それらを漂わせなければならない役柄です。その義経を今回は中村吉右衛門が演じておりますが、昭和52
年以来の珍しい、追善興行ならではの配役と云えます。これも後ほどに、ご紹介致しましょう。
 以上、『勧進帳』の前半部分だけをお話致しました。

 さて、「勧進帳」がなぜこんなに人気があるのかと云いますと、一つには富樫の人物像がとても良くできていると云う
ことがあります。歌舞伎の『勧進帳』では、強力が義経であることを知りつつも逃がしてやる、と云うことになって
います。能では弁慶一行の迫力に押されて関所を通してしまう設定ですが、歌舞伎では命を懸けて義経を守ろうとする
弁慶の心を感じ、敢えて逃がす点に特徴があります。富樫も見逃せば責任問題になる訳で、見逃した時点で自らも死を
決めていて、幕切れでは切腹する覚悟で見送るのだと言われています。
これにより面白さに加え富樫も良い役に変わっ
たのです。また長唄も良くできて、演出も練り上げられた名作です。

 ところで、弁慶の染五郎さんは今回が初役です。41年間憧れ続けた弁慶役を演じることは、嬉しく何度も泣いた。
しかし今は「高麗屋」の人間としての勧進帳を見せたいと意気込んでいます。“高麗屋の人間”と云う言葉が出てきま
したが、高麗屋は幸四郎家の屋号です。白鸚さん、今の幸四郎さん、そして染五郎さんも皆さん「高麗屋」です。

『勧進帳』は江戸時代に七世團十郎が初めて演じ、それから八世團十郎、そして明治時代の九世團十郎が演じてきま
した。その後弁慶役は九代目から高弟達に引き継がれまして、その中に七世幸四郎という方がいました。生涯で千六百
とも千八百回とも云われるほど演じ、『勧進帳』をここまでの人気演目に仕立て上げました。

七世幸四郎には3人の息子さんがいまして、世に「高麗屋三兄弟」と謳われたご兄弟です。ご長男は市川家を継ぎ
十一世團十郎となりました。今の海老蔵さんの祖父に当たる人です。次男が、八世幸四郎である白鸚さんで現在の
染五郎さんの祖父です。三男が二世松緑さん。『鈴ヶ森』で長兵衛を演じる松緑さんの祖父と云うことになります。
そしてこの3人が父親譲りの弁慶を得意とし、子息、孫と引き継がれ現在に至っています。白鸚さんの子息の現在の
幸四郎さん、次男で、母方の家を継がれた吉右衛門さんもそれぞれ弁慶を得意にしています。

要は、曾祖父、祖父、父、叔父と『勧進帳』の弁慶を演じ、染五郎さんも満を持して弁慶を演じることになった
のです。父幸四郎さんにも感慨深いものがあるようでして、染五郎は『勧進帳』を演じる夢が叶ったと申しましが、
私も息子が『勧進帳』の弁慶を歌舞伎座で演じると云う夢が叶った、ということをインタビューの中で語っています。
 それに加えて今回は染五郎さんの息子金太郎が、太刀持ちの役で出演しています。金太郎さんは現在9歳です。

富樫の幸四郎さん、義経の吉右衛門さん、弁慶の染五郎さん、太刀持ちの金太郎さん、ご一家が揃っての追善演目
です。これが大きな話題になっています。
この三代そろっての勧進帳について、幸四郎さんは、こうやって舞台に乗
って、先輩達の芸を見ているうちに何となく、理屈ではなく体で歌舞伎が分かるようになる、何十年もかかるでしょ
うが、それが大変重要な事なのだとも語っています。


 さて、この種の事前レクチャーでは、あまり系図などを取り上げることはしてきませんでした。まず、舞台に
触れてみて下さいと言っていますし、初めての方にとっては、何代目がどうとか、お父さんがどうのこうのとか言っ
てみてもややこしくなるだけだと思うからなのですが、今月の『勧進帳』では知っていた方が面白くなります。子供
の頃から憧れてきた役、代々演じてきた芸を受け継ぐというのは、嬉しいと同時にきっとプレッシャーも大きいで
しょう。 そうしたところを察しながら観るのも面白いのではないかと思います。

 

3  『義経千本桜・すし屋』―義太夫狂言の名作・ベテランの味わい

 15分の幕間を挟んで『義経千本桜』ですが、こちらは熟成された歌舞伎の味わいを御覧頂けます。
「すし屋」は『義経千本桜』全五段の内の三段目に属しますが、この前の部分「すし屋」に至る前のお話などを
ご紹介致しましす。

時代は平家が壇ノ浦に沈んだ後のこと、死んだと思われていた平家の三位中将平維盛が、実は生きているのでは
との噂があり、奥方の若葉の内侍が家来を連れて維盛を探す旅に出ます。その途中、大和今の奈良ですね、その吉野
下市と云う所で騙されて金を盗られてしまいます。その金を盗ったのが主人公「いがみの権太」と云う男です。

 “いがみ”とは「真っ直ぐでない、ゆがんでいる」と云った意味です。性根が歪んだと云う仇名のついた悪党、
奥さんも子供もいる男です。内侍一行は追われる身であり、お供の小金吾は追っ手に斬り殺されてしまいますが、
偶々通り掛かった権太の父であり、鮓屋の主人弥左衛門は何を思ったのか、小金吾の首を切り落とし家路を急ぎます。   

この後が『すし屋』の場面になります。弥左衛門一家は、女房と娘のお里、そして下男の弥助の四人ですし屋を
営んでいまして、権太は惣領ですがこの家に居つかずでした。実は弥助が死んだと思われていた平維盛で、弥左衛門
は維盛の父重盛に恩を受けたので維盛をかくまい、弥助と名前を変えさせていたのです。その弥助に娘お里は恋を
します。そこへ若葉の内侍らがやってきて、維盛と若葉の内侍が再会を喜びますが、そこへ、鎌倉武士の梶原景時が
やって来るとの知らせがあって、お里が機転を利かせて維盛や内侍らを逃しますが、権太が一部始終を聞いていて、
追いかけて行って金にしようとするのです。
そして‥‥、と面白くなり、様々に展開する親子夫婦の情愛を描く名作です。

 ところで一つ豆知識を申しましょう。“すし屋”と聞くと、今時の江戸前の握り寿司を思い出すかもしれませんが
この芝居に出てくる“すし”は「なれずし」と云うものです。すし桶に魚とご飯を交互に詰めて発酵させた古いタイプ
の鮓で、今でも滋賀県の「ふなずし」がこれに該当します。そしてこの芝居では、すし桶が重要な小道具として使わ
れています。舞台のすし桶に着目してみて下さい。

 さて、『義経千本桜』は歌舞伎三大名作の一つに数えられる名作で、人形浄瑠璃のために書かれた作品なのです。
人形が浄瑠璃の語りに合わせて動く人形浄瑠璃、その中でも現在では「文楽」と呼ばれているものが著名ですが、
『義経千本桜』も元々は現在の文楽のために書かれた作品です。文楽では義太夫節という、大坂で竹本義太夫が始め
た音曲にあわせて人形が動きます。江戸時代に人形浄瑠璃は数多くの名作を生み出し、歌舞伎もそれら作品を取り入
れました。
 こうした、人形浄瑠璃から歌舞伎に移したものを「義太夫狂言」と呼び、義太夫が重要な役割を果たしています。
これは後でご紹介致します。

 

【Ⅱ】 歌舞伎の「音」を楽しもう

 歌舞伎には“音”が溢れています。色々なところから、色々な音が聞こえてくるので吃驚したと云う方もおられ
ます。少々前知識があった方がよいと思われますので、これらを説明致します。

1.長唄と囃子/竹本(義太夫節)

 先ほど長唄と義太夫の話を致しましたが、どちらも三味線が使われます。三味線に馴染みがない方は、三味線は
皆同じだと思っているようですが、実は色々な種類があり、出る音色も違います。長唄の三味線は「細棹」と云われ、
高い音が出ます。聞き比べをしてみて下さい。

次ぎは義太夫節で、舞台上手上部の御簾内から聞こえます。語る太夫と三味線をあわせて「竹本」と呼んでいます。
竹本(義太夫節)は「太棹」の三味線を使用し音も低くなります。
竹本は人物の設定や動きなどを、三味線音楽に
合わせて説明する一種のナレーションだと思って下さい。文句は聞き取れないかも知れませんが、慣れると
分かってくると思って下さい。

2.黒御簾音楽

『すし屋』の幕開きの映像を見て頂くと、拍子木とともに、歌声なども聞こえてきます。向かって左側の舞台下手に
ある黒御簾と呼ばれる場所で演奏されています。内部には長唄とお囃子の人々が詰めており、色々な効果音やBGMを
出しています。これらを「黒御簾音楽」と呼んでいます。

 なお、古典歌舞伎はすべて生の演奏です。テープやCDのない時代に発達した演劇ですから、当たり前と云えば当た
り前なのですが、古典歌舞伎は今でも生演奏です。舞台を見ていて、聞こえてくる音すべてが、その場で、その道の
プロが生で出しているという点は、ぜひ覚えておいて下さい。これこそが歌舞伎の贅沢さ、豊かさにつながるのだと
思います。 黒御簾ではほかに、太鼓を打ち分けて浪や川の音を出したりしますが、今回は省略致します。

3. 拍子木(柝)/ツケ

次ぎは幕開きでも聞こえてきます拍子木の音で、(き)と呼んでいます。舞台の進行は全てこの柝の合図で
行われており、「狂言作者」と呼ばれる人が打ちます。また「ツケ」と呼ばれるものがあり、舞台上手で拍子木の
ような棒を板に打ち付けて音を出します。動作を強調したり、物を落とした時の音などに使われている効果音の一種
です。

4. 掛け声(大向こう)

 また、上演中三階席の辺りから大きな声が聞こえることがあります。客席から演者を褒める掛け声で、「大向こう」
とも呼ばれます。歌舞伎の俳優は屋号を持っていますので、屋号や何代目などと掛けます。
今月の出演者の屋号は資料にありますので、参考にして下さい。

 

】 歌舞伎の特徴

歌舞伎は知らなくても歌舞伎俳優は知っている!

 ある歌舞伎教室で、全く観に行ったことがない人は?と尋ねたら結構多くの人達が手を挙げました。次ぎに何人か
の歌舞伎俳優の名前を挙げ、聞いたことがある人は?と尋ねたところ、皆さんが知っていました。それでは、能や雅楽
など他の古典芸能の方はどれくらいご存知でしょう。中々出てこないと思います。
つまり、歌舞伎を観たことがない
人でも、歌舞伎俳優の名前を知っている。何故でしょう。実はこれも歌舞伎の大きな特徴の一つです。

また、今日は松竹の社員である私が歌舞伎のお話をしに参りました。なぜ歌舞伎のお話に松竹の社員が来るので
しょうか。これも歌舞伎の特徴の一つです。この答えは最後にお話を致しましょう。

歌舞伎と言ってもいろいろある!

 歌舞伎は約400年の歴史がありますから、様々な様式の歌舞伎があります。最初に申し上げた、歌舞伎はエンター
テインメント、それから歌舞伎といっても色々ある、この二つを最初に申し上げておきます。

かぶき「かぶく」DNA

歌=音楽、舞=踊り、伎=演じる人、の意味です。音楽的で舞踊の演目・舞踊の要素もあり、演技、お芝居もある
芸能だから「歌舞伎」なのだと説明できる訳なのですが、実は「歌舞伎」は当て字です。本来の意味は
カブクという
言葉からきていまして、歌舞伎が発生した頃、
かぶき者と云う人達がいました。カブクとは「傾く」と書きまして、
真っ直ぐでないという意味で、そうした人様の目を惹く格好や行動をしている人達、かぶき者たちの姿を舞台に取り
入れたのが、歌舞伎の始まりとされています。

 歌舞伎は、その時代の最先端、かつ突飛な格好をしている姿を取り入れて始まりました。ですから、常に時代の流行を
取り入れたい、人の目を惹きたい、そうした傾向を歌舞伎は持っているのです。

隈取/女方

 また、歌舞伎独特の化粧法「隈取」についてもご紹介しておきましょう。「隈取」は筋肉や血管を誇張したものと
言われます。役柄によって、紅・藍・代赭(たいしゃ)の3種類の色があって、それぞれ「紅隈」・「藍隈」・「代赭
隈」と言いますが、「藍隈」は幽霊や極悪人など「陰」の力の表現、また「紅隈」は正義や若さ、あるいは力や激しい
怒りなど、発散する力、いわば「陽」の力表現です。そして「代赭隈」は茶色系統です妖怪変化に使われます。

この三色を基に種々の隈取りをします。まず下地のを塗り、その上に筆で直接顔に色を施し、これを隈を
とる
と言います。基本形は決まっていますが、各人の顔つきや骨格に合わせて隈を取ります。歌舞伎と云うとすぐ
隈取が連想されるので、歌舞伎の登場人物は全員隈取を取って登場すると思っている方もいるのですが、決してそう
ではありません。歌舞伎演目は様々ありますので、隈を取る役が登場するのは一部です。因みに、11月23日に
ご観劇観頂く演目には隈を取った人物は出てきません。

 また、歌舞伎の特徴として「女方(おんながた)と云うのもあります。歌舞伎はすべて男性によって演じられます。
女性役も男性が演じ、女性を演じる役柄、また、その俳優を「女方」と呼んでいます。女の役と云っても若い女性、
年配女性など様々です。また、成人男性の体つきは勿論女性と全く違います。ごっつい体と太い声で女性を演じる訳
ですから、女性の物真似ではなく、どうしたら女らしく見せられるか、見えるかを何百年にわたり研究してきた
のが「女方」です。歌舞伎の女方は、男が、男の体を使って女を表現するものなのです。

衣裳(引き抜き・ぶっかえり)

 歌舞伎の衣裳もユニークな物が多く、みどころです。大胆な色使い、奇抜な発想などで評価されています。また、
豪華絢爛な衣裳もあります。『助六』に出てくる花魁揚巻の裲襠
(うちかけ)は、お正月を題材に、鏡餅や門松などが
模様になっています。これを着るときにはもう一枚裲襠を羽織り、帯は大きな、前結びの、まな板帯を締めます。衣裳
だけで25kgあるそうです。さらに、重たい鬘や背の高い下駄を履きます。総重量は40kg近いそうで、女方の衣裳
では最も重いと云われています。そしてこれらを着けて演技をしなくてはいけないのですが、それを重そうだとは感じ
させず、綺麗だ、美しいと思わせなければならないのです。

 また歌舞伎の衣裳は美しいだけでなく、演出とも密接に結びついています。「引き抜き」と云う、衣裳を一瞬にし
て変える手法があります。また、「ぶっかえり」と云う技法もあり、役柄や性格が一変する場合に使われます。
『鳴神』では、女性に騙されたお上人さまが怒る場面で、白い衣だったのが激しい怒りの炎に変わるものや、また
『積恋雪関扉』での舞踊劇では、関所の番人が実は悪い貴族だったと云う設定で、平安時代の衣冠束帯のような姿に
変わっていきます。

舞台機構(花道・定式幕・せり・すっぽん・廻り舞台)

 舞台装置にも特色があり、客席の中を貫く「花道」では色々な衣裳を着た登場人物がで、お客様の脇を通って出たり
入ったりします。外国公演でもわざわざ花道を造って公演したりしているほどです。正面の幕は黒・茶・緑(黒・柿・
萌葱)色で、この幕の模様は色々な所でも使われています。江戸時代からの慣習を引き継いだもので、「定式幕」
呼んでいます。

「セリ」という舞台機構もあります。舞台の一部が上下する機構で、歌舞伎座には花道も含め全部で5ヵ所あり
ます。登場人物がこれに乗って出てきますと印象的ですし、大道具をこれに乗せて上げ下げします。花道のセリは特に
「スッポン」と称し、怪しい人物や妖怪がすーっと出て来たり、消えたりするときに使っています。

 「廻り舞台」も現在は外国のミュージカルでも使われていますが、250年ほど前に江戸時代の大坂で世界に先駆け
て造られました。これらの舞台装置は、歌舞伎を上演する劇場では常設の設備となっております。

歌舞伎は世界を代表する古典演劇であるとともに、今を生きている演劇でもある

 幅広い演目、豪華な衣裳や鬘、衣裳を一変する仕掛け、お客様の中を通って出入りする、上がったり下がったり
廻してみたり等々、歌舞伎はあの手この手でお客さまを驚かし喜ばせるよう企んでいます。それらの基本となって
いるのは「“かぶく”精神」で、歌舞伎にはそのDNAが脈々と流れているのです。

 さて、先程あげた、歌舞伎を見たことがない人でも、歌舞伎の俳優を知っている、という話題に移りますが、答え
は簡単で、TVやCMなどに出演しているからです。時代劇は勿論、現代劇にも出演しています。歌舞伎俳優は伝統
文化の担い手であると同時に、現代でも大きな知名度がある、現代の俳優でもあります。ワイドショーやバラエティー
に出演する伝統芸能の関係者と云うと、歌舞伎以外のジャンルでは数多くいません。これが歌舞伎のもう一つの特徴
です。加えて、俳優の層が厚いと云うのも特徴で、その例として、『勧進帳』での三代にわたる配役の話などもさせて
頂きました。

 ところで、歌舞伎公演の殆どを松竹株式会社が行っております。銀座の歌舞伎座を国立の劇場だと誤解している人
もいるのですが、歌舞伎座も松竹の劇場です。伝統芸能でありながら、民間企業が運営している点でも歌舞伎の大き
な特徴になっています。勿論、国も半蔵門の国立劇場で歌舞伎を公演し、歌舞伎の保護育成に努めています。

これだけ多くの人々に支持され続けている伝統芸能は、世界でも珍しいと評価されています。歌舞伎は今を生きる
演劇でもある、これこそ歌舞伎の最大の特徴だと考えることができます。

 

終わりに

 最後に、観劇に当たって3点ほどお願い致しておきます。まず第一に、お喋りをしないです。他のお客様の
ご迷惑にもなります。また第二は「携帯の着信音」です。場内は音響効果が良いので、かなり響きます。幕間の休憩
時間などで通話をされ、電源を入れたまま着席なさるのでしょうか、スイッチを切り忘れる方が多いのでご注意下さい。

三つ目は観劇中に泣いたり、笑ったり、拍手したり、これらは大切なことで、大いにやって貰いたいです。
舞台が面白ければ笑って頂いて結構ですし、可哀相だと思ったら一緒に泣いて、大いに反応して下さい。お客様が
反応すると、必ず舞台にまで伝わります。お客様に喜んで頂くと舞台は一層熱を帯びます。
 俳優、音楽家、スタッフ、そして私ども興行する人間も、何のために歌舞伎を上演しているかというと、お客様に
喜んで頂きたいから、そうしております。ですからお客様方には、どうぞご遠慮なくお楽しみ下さい。

 以上、11月の公演内容を始め、色々なお話をさせて頂きました。是非、ご観劇の際のご参考として頂け
れば幸いです。
                                           (終わり)

トップページへ

歌舞伎鑑賞目次へ

平成26年11月8日(土)開催
 歌舞伎鑑賞講座の全内容

会場風景