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        No.3 明治維新初期の移行期政策

 近世日本に於いて伝統文化を後退させ、あるいは破壊した歴史的画期が、先ずは明治維新であり、
次に太平洋戦争敗戦後の昭和中期であることに疑問はないであろう。西欧各国からの圧力を受け、
幕末期に於ける政治体制が大きく動揺した流れの延長線上に「明治維新」の政治経済体制があるので、
幕藩体制の弱体化も取り上げる必要があろう。

 明治維新は、西欧流の政治・経済・社会体制に移行することが急務であったために、江戸時代まで
に定着した「歴史と伝統文化」を否定し、破壊することから始まっている。

 明治維新問題はとかく尊皇攘夷や佐幕からの闘争、あるいは朝廷を巻き込んだ権力闘争主題に論じ
られる観点から離れ、明治維新史学会30年の研究報告の一部分から、特に伝統文化否定へつながった
新政策要因を探求することとしたい。

         No.2 日本文化へのインド文化の影響

 日本の伝統文化を考えるにあたり、その習慣・風俗の一つひとつに触れてゆくと、日本固有の文化
に外国伝来の文化が融合して、新しい文化ができてきたことが分かります。

 日本語を例に挙げると、永らく話し言葉であった“やまと言葉”に大陸から伝わった漢字の表意文字
部分が取り込まれ、また、“かな”と云う表音文字が編み出されながら日本語は形成されてきました。

 さらに近代以降は、漢語としての伝統を切り捨て、また西洋文化を受け入れるために漢字の表意性を
利用しながら新たな造語を生み出し、今日に至っています。和魂(
わこん)に、東洋の漢意(からごこ
ろ)と西洋の洋才(ようさい)が溶け込んだ「複合体」と云うことができます。

 しかし、“かな”の五十音図は梵語を描き表す悉曇(しったん)文字の影響があると云われてますし、
また室町時代の流行語「三国一の花嫁」の三国とは、日本・唐土・天竺をさします。つまり、東洋の影
響を考えるとき、インドの天竺様も知る必要があるのです。

 さらに現在、日本とインドの関係は深く、益々緊密化なものになってきてます。今後と政治・経済面
での日印関係を深めてゆくためには、長い歴史の中で日本文化形成に深く影響を与えてきた「インド文
化」を知ることこそ必須不可欠なものとなりましょう。

 日本伝統文化を調査研究するに当たり、特にインド文化の影響を視座に据えて取り組むこととしたい。

       No.1 年中行事とその食文化

 年中行事または歳事と称される民俗的習俗に関して、伝統的「生活文化」として親から子へ伝承する
素地、例えば知識とか経験とかの面からでも、昨今希薄になっている。

 ここで取り上げたいのは、例えば“祭り”のように地域集団で行われる対象ではなく、生活の基本単
位である“家庭”での年中行事の取り組み姿勢である。これらは「生活文化」の一環としての年中行事
または歳事であるがゆえに、第一義的には“家庭教育”として、日常生活の中で親から子へと伝承され
なければならない。
 そのもう一つの理由として、包括的な行動形態はあっても、厳格な「型」が強制されているわけでは
なく、個人または家族単位での様々な行動形態が許容されているからでもある。

 特に太平洋戦争後の敗戦意識の中で深く進行していった固有の伝統文化忌避・否定と、欧米文化への
憧憬や賞賛が招いた伝統文化破壊の一端を探求することとしたい。

    報告会の開催

日 時:平成26年3月17日(月)13:30〜15:30
会 場 : 四谷弘済会館 4階「蘭・西」